生き様が見える作家たちの居住空間:間取り図付き

作家の家

コロナ・ブックス編集部

 

 

作家と言っても、建築家だったり、画家であったりと幅広い。彼らの家のインテリアや拘りの建築を色々と紹介する本と思ったが、家そのものというより、その家に住んだ作家たちの生き様を紹介した本という方が近い。既に亡くなっているので、かつて執筆した自宅についての文章と家族が家での様子を書いた文章、知人らへのインタビュー等で構成されている。

 

大半は有名建築家に依頼したりと拘りの設計の中、賃貸の古い民家を紹介したものもある。昆虫や植物の細密画で絵本を数多く手掛けた熊田千佳慕がそれだった。電気もガスも通っていない、自然が近い農家の物置を改造した貸家に家族で60年住み、妻が脳梗塞で車椅子生活となり引っ越すことになった後には、引っ越し先の仕事部屋を元の家と出来る限り同じに整えて、96歳まで「ファーブル昆虫記」の挿絵を描き続けた。土の上に寝転がったり、座り込んだりして、昆虫の目線でスケッチするようにしたと言う。

 

仕事部屋の写真がある。こたつの上に画版を置いただけという仕事机。後ろには天井近くまでの本棚が壁いっぱいに広がり、その手前にも階段状に本が積み重なっている。インテリアがどうなどということとは置き換えられない、リアルな人の営みの気配が感じられる。熊田千佳慕の昆虫画も掲載され、細い面相筆で一本一本仕上げるという色付けの、その繊細さと昆虫の艶やかな実在感に魅了された。

 

 

荻窪にて私設の児童図書館「かつら文庫」を作った石井桃子。児童文学の翻訳や執筆をするにあたって、実際にそれらを読む子供との交流が必要と考え、自宅の日当たりがよく、出入りのいい部屋を充てた。カーペット敷きの写真から想像するに、靴を脱いで上がるようだ。子供達がリラックスして本を選べるような雰囲気が満ちている。

 

現在でも「かつら文庫」は継続されていて、大人も利用可能。図書館だけでなく、家全体を見学できるようなので、今度行ってみよう。

 

 

かつて新宿曙町に日本のファッションイラストレーションの草分け長沢節の開いた美術学校セツ・モードセミナーがあった。この本では屋根裏部屋と紹介している、建物の最上階を自宅にしていた。パリのモンマルトルのようだとその雰囲気の良さに驚かれた、長沢節自ら設計をした5階建ての小さな学校。ツタの絡まる建物の入り口や植物が生い茂る途中階の中庭には、アートを学ぶ場所に相応しくリラックスした、くだけた雰囲気が漂っている。昼は生徒たちと過ごし、夜はひとり孤独を楽しむ。長沢節は生涯独身。「他人をしばらず、他人にしばられず。」

 

来客と話しながらコーヒーをサーブできるようにと、これも長沢節が設計した半円状のコンパクトなキッチン家具に惹かれた。最終ページにはそれぞれの家の実測図面がある。長沢節邸では制約のある屋根裏空間を効率よく使えるよう、工夫が凝らされていることが分かる。

 

教室のロビーには「下品な缶ジュースはセツに持ち込まないで下さい」の張り紙。休み時間には長沢節ら教師がコーヒーやお茶を淹れ、陶器のカップで生徒に提供される。長沢節の美意識がそこかしこに見て取れる特別な空間がここに。