なんなの、この社会。向こう見ずに復讐を実行する女ひとり。

「プロミシング・ヤング・ウーマン」

 

医学部の学生だったキャシー(キャリー・マリガン)は、同じ大学に通う親友ニーナが同級生にレイプされ、それを告発して周りから追い詰められ絶望、自殺したことを発端に大学を辞める。その後はコーヒーショップ勤めを続けていた。

 

別人のように変わってしまった娘に困惑する両親と共に暮らしているキャシー。ここはアメリカ。いい年をした大人が両親と同居しているのもどうなんだ?の雰囲気の中、キャシーは夜な夜なバーやクラブへ出向いて、親友の”復讐”をひとりで実行しているのだった。

 

酒に酔っぱらったフリをすると、男がすぐに「大丈夫かい?」と下心いっぱいに近づいてきてキャシーをお持ち帰りする。酔ってる女をベッドで好きにしようとする男に向かって、突如素面を突き付けてビビらす。「そんなつもりじゃなかった」と”善い人”と自分で思っている男達に心の大ダメージを与える鉄槌を仕掛けているのだ。これがキャシーの男への”復讐”だった。

 

復讐の数をメモしているキャシー。どんだけ実行してきたのか!の手帳。

 

主演キャリー・マリガン。この人、実際は童顔の可愛い人だよね。キャシー役は30才前くらいの設定。まだ年老いてくる年齢でもないのに、結構なやつれ感。で、そのやつれ感がひとり仕掛ける復讐に凄みを出していた。目の奥に疲れがある。可愛いけど、フレッシュな生命感が全然ない。キャシー役を演じた時のマリガンは33才くらい。実際のマリガンはこんなにお疲れ顔じゃない。だから、キャシーが自分の人生を投げちゃってるっていう、やつれの仕込みが素晴らしいなって。

 

復讐をしているキャシーは引っ掛けた男達をみんな殺すのかと思った。でも殺さないで口で言ってビビらせてそのまま帰って行く、普通に。パンチもキックもない。それをひたすら続ける。だから映画的にこのくらいの復讐でいいんだ?って、逆にキャシーが男達に段々と顔が知られていって、酷い目にあうんじゃ?と思って。そんな怖さがあった。危な過ぎるよ、君?って。

 

でも話は全然そこじゃなくて。優秀な医学生だったキャシーは賢くて、着々と復讐を実行していくのだ。キャシーは男にとって恐ろしい存在になっている。男がキャシーを”何を考えているかわからない怖い女”として見るなら、そこにはこの映画が仕掛けたホラーがある。女の気持ちがそもそもわからないから。いや、想像しようともしてないから。都合よく解釈してるから。それをキャシーに突き付けられて、「僕ってそんな男なの??」って自分の加害性にビビらされる。

 

これは女性と男性で映画の感想が全く違ったものになってしまうんじゃないか。女性の場合、「まったくよ。」っていう同感。男性の場合は、本当にもう底深い怖いホラーとなって震え止まらん状態になる。

 

ただ、男性だけでなく、無意識に加担して、自分の加害性に気付かない女性達の存在も目立っていて、単純な男対女として描いてはいない。

 

性暴力というテーマを扱っているから内容的にはきついし重いのだけど、やさぐれすぎてるキャシーの衣装と自室がガーリーでやけに愛らしくて、現代的なお洒落感のコーヒーショップの内装だったり、ポップな音楽だったりを散りばめて重苦しい雰囲気は吹き飛ばされている。その絶妙なバランス感覚で嘘みたいに観る者に復讐エンターテイメントを楽しませることに成功している。映画としての完成度がすごく高い。エメラルド・フェネル監督は元々は女優で、この作品が長編の初監督作ということで驚く。

 

キャシーが死んだニーナのママに会いに行った時、ママはキャシーが大学時代から停滞したままでいることを憂いて「前に進んで。」と言う。そうなんだ。観ている方もママの気持ちはわかる。けど、わかっちゃいてもやっぱり前に進めないんだ。だから復讐しかない。自分を削っても。

 

タイトルの『プロミシング・ヤング・ウーマン』だけど、本来はプロミシング・ヤング・マンという男性のための決まり言葉があって、それは名門校の学生やスポーツ選手といったエリート男子学生が性暴力事件を起こした時なんかに、前途有望な若い男性の未来を潰すなという文脈で出てくる。司法や世論が加害者である「男の将来」ばかりを優先して保護し、罪を軽くしようとする際の常套句。

 

対して、プロミシング・ヤング・ウーマンという言葉は使われない。被害にあった女性の人生は事件によって完全に破壊されているにもかかわらず、社会から無視された。ニーナの未来、キャシーの未来、それぞれの女性に前途有望な未来があったはずだった。男性の未来ばかりが守られ、女性の未来はなぜか簡単に踏みにじられてしまう。エリート男子の性暴力を若さゆえの一時の軽い過ちとして容認してきた社会をキャシーの精気のない目が見つめている。

 

手帳に復讐記録をつけて心の澱をなんとか沈めていたキャシーなんだが、ニーナをレイプした主犯が有望な医師としてのうのうと暮らして、どこぞのお嬢様と婚約したことを知る。ニーナの事件を軽く扱った人間が、何事もなかったように幸せな人生を送っている。そのことがキャシーには耐えられない。ビッグな復讐を仕掛けるため、ふざけるんじゃない!とそいつのバチェラーパーティのストリッパーとしてバッチリ盛り過ぎのナース姿で潜入。本星の男を捉えに出向く。成敗!

 

[以下、ラストのネタバレです。]

キャシーは計画通りに本星の男を成敗する。が、反撃を受けて死ぬという信じられないラスト。で、思った。結局キャシーが死んだことでさらに重い罪をこの男に背負わせることができたって。ブラックな結末だけど、結果的に成功したって震えた。

 

そしたら男らが死体を燃やして証拠隠滅。なので、え、もしかしてこのままでこの男達は何の咎めもなく過ぎていくっていう最低最悪の結末を持ってきたんか!ってビビリました。女ひとりの復讐なんか、男達の連携で完全封印されるんだと。結局こういう風に社会が流れていくんだよね、っていう絶望。

 

そしたら、最後にビッグな復讐が待っていたんだが。本当は監督は死んだままお咎めなしのラストを考えていたと。ただ、これでは本当に絶望過ぎるって映画関係者に不評で変えざるを得なかったということです。

 

まぁ、あまりに辛いのもどうかと、ラストで命をかけてまでっていうのを見せて、それでスカッとしてもらおうということだと思うけれど。只それでも悲劇過ぎるね。スカッとしえない。なぜキャシーが命かけてまでやらなきゃいけない?主犯の男の他に周りを囲む男達の存在がある。自分は手を下していない。でも一緒になって笑ってた。それは擁護される。そこまで罪に問われないみたいな話になる。だからなんかもう、完全にやるせないんだよ。もう何重の意味でもやるせないんだよ。

 

「そんなつもりじゃなかった」とか色々と言うけど、核の部分は崩れようもないというか。お前もかよっていうのがある。もうキャシーは生きてたってしょうがないっていうのがある。だから命懸けだよ。命をかける意味が出ちゃうんだよ。悲劇。

 

私は証拠隠滅のままのラストの方が恐ろしいし、社会の理不尽さを究極の形で見せているように思ったので、そちらの方が映画の仕上がりはよかったと思う。けれど、やっぱりあまりに辛いから、観客がダメージを受け過ぎてしまうかもしれないね。最後に少しばかり溜飲を下げることが出来て心が救われたんだ、きっと。

 

 

 

↓応援ボタンです。よろしければ~

 

ちゃんと説明してよ!神様だからって無茶言い過ぎっしょ?

「天地創造」

 

旧約聖書まんま。第1章の天地創造から第22章のイサクの生贄まで。描かれるのはアダムとイヴ、カインとアベル、ノアの方舟、バベルの塔、ソドムとゴモラのロト家族、アブラハムとイサクの流れを順を追って。

 

教科書的に淡々と進むので若干盛り上がりに欠けるかもしれない。蛇にそそのかされて林檎を食べちゃうアダムとイヴパート、神様が怒って40日間洪水の罰を受けちゃうノアの方舟パート辺りはファンタジー感強めなストーリーなので、ちょっと遠い世界の話という感じなのだけど、子供が出来なくてどうしたらと悩む老夫婦が神頼みする最後のアブラハムパートでぐっと人間世界の話に近づいて盛り返す。

 

神との約束でその土地を子孫に与えられることになっているアブラハムなのだけど、妻サラが子供が出来ない体。神頼みしてかなりな高齢で息子イサクを授かることが出来た。そこに無茶言う神の声。年老いてからやっと授かった愛する息子イサクを生贄として差し出せと言い出す。

 

全パートに渡って神が無茶なこと、意味がよくわからないことを次々と言い過ぎなので困惑。どうしても万能の神様っていうものは間違えたり酷い事はしないという思い込みがあるのがいけないのか、旧約聖書で人間に物申す神の無茶ぶりに、どうしろっていうねん?とツッコミせざるを得ない。ツッコミながら観てもいいでしょう。

 

神を全面信頼しているアブラハムさえ、頭を抱えて「神とはいえ、求め過ぎだ!」のセリフ出た。アブラハムの嘆きは尤もなんで、ここはアブラハムの行動を注視。反抗してみては?とも思うが、「神には従わねば。」と大人しく息子イサクを連れて山を登るアブラハム。

 

神への生贄の準備を始めた父だけど、なんか変?と子供のイサクでも異変を感じる。「生贄の子羊はどこ?」イサクに聞かれて困っちゃうぜ。え?僕??びっくりするけどイサクがスーパー物分かりが良い子で、すっと観念して枝でこさえた生贄用燻しベッドに横たわる。あー!燻される枝々。火が廻って顔を歪めるイサク。やめてあげてーー!人間を試す神。イケズ~! ♬ア~ア~  壮大なコーラスで誤魔化そうっていうのか!神の言いたい、やりたい放題にドン引きするばかりです。

 

という旧約聖書のぶっ飛びぶり満載のストーリーを忠実に映像化。ロケーション、俳優陣、みなバッチリなので旧約聖書を一通りさくっと観たいなという気持ちにぴったり。

 

アブラハムパートの妻サラ役エヴァ・ガードナーが完全に老いるまでの長い変化を演じていて、老女になった時も美しさを放出。素敵だった。

 

背徳の町ソドムとゴモラに現れた神の使い(天使なのか?)役のピーター・オトゥール。この町のダメぶりを確認しに来た。3人で現れたけど、フード的なもので顔を隠していて、顔が垣間見えるのはピーター・オトゥールだけ。顔チラして女性陣に「あんな美しい人達は見たことがないわ」と驚かれるだけあって、なんだか人間離れした雰囲気。

 

対して退廃した生き方のソドムとゴモラの人々の風貌が!笑える。こやつらはいかん!と神によって滅ぼされる。

 

 

 

 楽天ブックス「1点から全品送料無料」

[商品価格に関しましては、リンクが作成された時点と現時点で情報が変更されている場合がございます。]

天地創造 [ マイケル・パークス ]
価格:1,450円(税込、送料無料) (2026/10/5時点)


 

ラッセル・クロウ主演『ノア  約束の舟』。こちらはノアの箱舟についてだけ、自由過ぎる新解釈で突っ走ってる映画だよ。ノアの暴走、観てね。

wolf-yo.hatenablog.com

 

↓応援ボタンです。よろしければ~

 

王者フェラーリに勝てるのか?挑戦の果てに勝利が見えてくる。

「フォードvsフェラーリ」

 

ル・マン24時間耐久レースでイタリア車の絶対王者フェラーリ社に対抗するアメリカ車のフォード社。1960年代後半、フェラーリを負かした実話を元にしたストーリー。

 

フォードの副社長アイアコッカ(ジョン・バーンサル)はブランドイメージ刷新のため、経営不振に陥っていたカーレース界の王者フェラーリ社の買収を計画。イタリアまで行ってフェラーリ社を訪ねると、フォードの気分次第では情熱を注いでいるカーレース出場がなくなることを知ったフェラーリはそれは有り得ない、フォードは醜い車を量産してろ!と買収はご破算となる。

 

フェラーリ工場では職人による丁寧な車作りがなされていて、オートメーションで量産するフォードとは社風がまるで違うのだった。フェラーリのかっこいいイメージを取り入れようとしたのに、失敗。面目丸つぶれのフォードはル・マン出場でフェラーリを負かすレーシングカーを作ってやる!と方向転換するのだった。

 

どっちかと言うと、大企業のフォードよりも、職人魂で拘りのかっこいいレーシングカーを作っているフェラーリの方に肩入れしたくなるんだけど、実はフェラーリ側の話はあまりない。だから、タイトルの『フォードvsフェラーリ』を期待すると、フェラーリの比重がほんの少しなんで肩透かしをくらう。これは勝てる車をどうやって作るのか?っていうフォード内の軋轢の話なのだ。

 

「フェラーリが勝つよ。」レーシングドライバーを引退し、今はカーデザイナーをしているキャロル・シェルビー(マット・デイモン)はアイアコッカから、どうしたらフェラーリにレースで勝てるか聞かれて勝ち目ナシと答える。そうだよな、フォードって、あのフォードだろ?が、金も時間も自由に使える。白紙の小切手渡すけど、どうだ、作ってみないか?と提案される。

 

90日で次のル・マンでフェラーリに勝つ車を作ってくれ。無茶言うぜ。でもシェルビーは助太刀できる人物を知っていた。カーレーサーをしながら細々と自動車整備工場を営んでいるケン・マイルズ(クリスチャン・ベイル)に一緒にフェラーリに勝つ車を作ろうと誘う。マット・デイモンとクリスチャン・ベイルの贅沢なキャスティングが揃った!

 

風の抵抗をコンピュータで計算しようというスタッフに、テープと毛糸を持ってこいと言って車のボディにペタペタと貼る。風に揺れる毛糸を見て目視で風の抵抗を調べるシーンが楽しい。俺達はアナログ感覚で風を見るぜ!ってな。

 

天才カーレーサーのケン・マイルズが一番早く走れるんだけど、フォード上層部に気に入られてないマイルズは直前になって、ル・マンに連れて行かれないっていう仕打ちを受ける。。。なんだよ、フェラーリに勝ちたいんじゃなかったのか?観ている方も憤るよ。天才を置いていくな。なんだそれ!

 

でもな、ここで腐ったら話にならないよ。いつしか友愛が育っていたマイルズとシェルビーはル・マンでの勝利を諦めなかった。美しいレースカー、超速の走りに生きる男達の熱い物語。最後までしかと観てな。うっそみたいなレースだよ。

 

 

 

楽天ブックス「1点から全品送料無料」

[商品価格に関しましては、リンクが作成された時点と現時点で情報が変更されている場合がございます。]

フォードvsフェラーリ【Blu-ray】 [ マット・デイモン ]
価格:2,095円(税込、送料無料) (2026/8/13時点)


 

クリスチャン・ベイルが20キロ増量して、髪を抜いてハゲ姿の詐欺師役。豪華ギラギラ映画『アメリカン・ハッスル』についてはこちらを。

wolf-yo.hatenablog.com

↓応援ボタンです。よろしければ~

わたしは逝く。あなたは隣の部屋にいるだけでいい。

「ザ・ルーム・ネクスト・ドア」

 

末期癌患者のマーサ(ティルダ・スウィントン)は安楽死を選択し、最期の時間とその後の手伝いを古い友人のイングリッド(ジュリアン・ムーア)に依頼する。戸惑いながらも承諾したイングリッドはマーサを連れて最期の場所として選んだ山間の貸別荘へ。

 

到着した別荘がモダンで美しい。死というとても重いもの、心が沈むものを扱っているのだけど、画面色彩に強い拘りのあるペドロ・アルモドバル監督が用意した別荘のインテリアが色鮮やかで、いつものアルモドバル監督のカラフルで温かい色合いに気分が沈み込み過ぎずに観ることができる。

 

元々痩せてる人だから全く無理がない病人役のティルダ。目元などはほとんどノーメイクだと思う。彼女のすっきりとした美貌が何か素敵な老人、おじいさんみたいにも見えて悲壮感が和らいで、どこか軽やかな気配がするのも観る者にとっては良かった。

 

それに死を前にした人の顔が、必ずしも悲壮な顔だけではない。そういった軽やかさをティルダ・スウィントンの存在が見せているのかもしれない。

 

1ヶ月の契約で別荘を借りて、”その日”が来たらベッドルームのドアを閉めて実行するから、朝にドアが閉まっていたらそういうことだと分かるようにしておくというマーサ。 ”その日”はイングリッドは知らない方がいいと、その日が来るまではふたりで静かに時を過ごす。安楽死薬をマーサは自分で飲み、イングリッドは翌朝死を見るだけ。死に直接手を貸すわけではない。マーサはただ死にゆく時に隣の部屋に誰かがいてほしいと言うのだ。

 

マーサには娘がひとりいるが、父親の存在を隠してきた。ベトナム戦争から戻った恋人との子供で、違う道を歩むことになったと伝える代わりに、父親は分からないと嘘を聞かせていたことが娘との関係を壊していた。

 

実はイングリッドは最初にマーサから依頼された人物ではなかった。友人らは死の手伝いに躊躇して断っている。映画の舞台はニューヨーク。映画公開以前にはニューヨーク州で安楽死は法的に認められていないため、マーサはイングリッドが後で罪に問われぬよう考え抜いて準備する。

 

※つい最近、2026年8月にニューヨーク州で余命6ヶ月内の終末期患者に医師による自殺幇助が法的に認められた。実行には厳格な条件が義務付けられている。

 

アメリカ人の安楽死への感覚は分からないところもあるけれど、やはり現実でも断る人が大半なのではないか。イングリッドは作家で死についての著作もあり、深く思考するタイプの人という位置づけだった。だから他の人は断ったけど、彼女は迷いながらもイエスと言えたのだと思う。

 

安楽死の話だけれど飄々としている。死は特別なものじゃなく、いつか誰もが。だからかな、飄々としている。赤、緑、黄色。アルモドバル監督の色彩。画面が温かくて、家具も服も美しい。死の話をしている人たちに色があり、いつも通りの会話があり、この映画では死を完全に異物として扱っていない。悲しい話だけど、映画そのものは温かくてどこか軽やか。その中に死がある。当たり前に。

 

マーサなんか病人だけど、死ぬ時に鮮やかな黄色の服を着て赤い口紅を差して、もう本当に素敵だった。今日だと決めた日、テラスに置かれた薄緑色の寝椅子にもたれて死ぬ。薄緑色に黄色い服が重なる。本当にね、びっくりする色彩。暗い色調の死がそこにない。

 

イングリッドから死の連絡を受けて、マーサの娘が登場する。ティルダの二役だった。驚いたのが、全くの別人に見えたこと。マーサの娘は顔は同じなんだけど全く雰囲気が違っていた。魅力的なマーサの現代的なお洒落な人とは違う、不幸せな雰囲気さえ持った普通の女性という感じで、衣装やヘアメイクだけでない、ティルダの演じ分けを感じた。

 

登場人物が少なく、マーサとイングリッドの他は恋人役のジョン・タトゥーロが時々イングリッドに会いに来るくらい。だから、ティルダ・スウィントン、ジュリアン・ムーアという美しく魅力あるふたりの女優の存在感が際立っていた。

 

殊更に重くならず、静かに死を扱った映画なのだけど、肝心の安楽死という題材の核心にはあまり踏み込んでいない。安楽死の是非みたいなものを語るつもりはなくて、この映画はそこを論争にしない。マーサは最初の段階から自分の決断を済ませている。だからイングリッドも基本的には「あなたがそう望むなら、側ににいる」という役割になる。反対する人と説得する人の対立が最初から存在しない。相互の葛藤とかそういったものはない。

 

途中の段階で風でドアが閉まってしまい、閉まったドアに気付いたイングリッドは吐いてしまう。でも少し吐いて動揺はするけれど、そこから強烈な崩壊や後悔や恐怖に進むわけではない。「人を死なせてしまった側の揺れ」は描かれない。少しすると、映画の落ち着いた静けさに戻っていく。淡々としている。

 

日本で安楽死は認められていないとは言え、末期癌で死期が近く、痛みに苦しむ友人にマーサのような依頼をされたら私はどうするだろう。友人の気持ちが痛い程に理解できたとしても、おそらく断るだろうと思う。友人の死に対峙できる強さはない、何より怖い。自分の死の時までそれは正しかったのかと苦しみ続けるだろう。映画の淡々とした清々しさは、もしかしたらアメリカ国内で安楽死について十分に議論され、合法化するまでに人々の意識が向かった先のものなのかもしれない。

 

 

 

楽天ブックス「1点から全品送料無料」

[商品価格に関しましては、リンクが作成された時点と現時点で情報が変更されている場合がございます。]

ザ・ルーム・ネクスト・ドア [ シーグリッド・ヌーネス ]
価格:2,420円(税込、送料無料) (2026/9/21時点)


 

ティルダ・スウィントンが現代スタイルの天使役で登場。キアヌ・リーブスのエクソシスト映画『コンスタンティン』についてはこちらをどうぞ。

wolf-yo.hatenablog.com

↓応援ボタンです。よろしければ~

 

”それっぽい”の連続。ダメだこりゃ。

「バリスティック」

 

中国一人っ子政策の下、産まれた女の子はアメリカの組織に引き取られ、生きた殺戮兵器として訓練された。それがルーシー・リュー演じるシーバー。超絶強い。

 

秘密裏に暗殺兵器「ソフトキル」が完成。潰れたカエルみたいな形状(画面左下のペタンコのものに注目)。超ミクロで体内に埋め込み可能。説明動画が”それっぽい”感じだけど、この画だけなんでリアリティとかどうでもいい感じ。

 

このカエルが盗まれたらしく、FBI捜査官エクス(アントニオ・バンデラス)と同僚だったガント(グレッグ・ヘンリー)の対決が始まる。で、ガントの息子がなぜかガントの元部下だったシーバー(ルーシー・リュー)に誘拐される。よくわからんままに派手な爆発とか銃撃戦でずんずん進む。

 

どういうことなん?いや、ストーリーなんかない。かっこいいアクション映画を作りたい気持ちいっぱいなんだなって駄々洩れてるけど、全く仕上がってない。そんな、作り手の頑張ってる感じが見えちゃう映画なんて観たかないよ。

 

で、なぜかルーシー・リューとアントニオ・バンデラスも対決する。

 

ルーシー・リューは好きだし、アクション頑張ってるけどやっぱりキレがないのが見えちゃうから、アクションは別の人と入れ替えて、もっとちゃんと編集でやった方が良かったと思う。キリっとした顔の表情とか、そういうとこはルーシーにして仕上がり重視にしないとルーシー・リューのかっこ良さも出ないよね。

 

アントニオ・バンデラスもちゃんと演ってる。本作でも濃さを遠慮なく放出。


派手な音楽連続させてアクションムードを盛り上げてるけど、こちらはまだノレてないからね。なんか空回ったままどんどん進む。

 

しょうもないストーリーなりにおふざけで突き抜けてるんなら、それはそれで面白い映画になるんだよね。だけどこれって大真面目に作ってる。それで大真面目にかっこよく作ろうと思っててうまくいってないから、超恥ずかしい。

 

例えば『アドレナリン』や『マチェーテ』みたいに、「これはバカ映画です!」と振り切れば、それは一つの魅力になる。逆に、本作は終始「俺たちは最高にクールな映画を作っている」という顔を崩さない。その真面目さと、画面に映っているものの出来とのギャップが、もう恥ずかしいんだよ!観てる方が恥ずかしくなっちゃう映画って、どういうこと?

 

この映画、ルーシー・リューを台無しにしやがったな、成敗!

 

バリスティック(字幕版)

バリスティック(字幕版)

  • アントニオ・バンデラス
Amazon

 

楽天ブックス「1点から全品送料無料」


 

アントニオ・バンデラスの魅力爆発『マスク・オブ・ゾロ』についてはこちらをどうぞ。

wolf-yo.hatenablog.com

 

↓応援ボタンです。よろしければ~

36才人妻と13才男子の愛。性交渉で捕まったけど獄中出産で二人の愛を実らせるわ。

「メイ・ディセンバー ゆれる真実」

 

アメリカで実際に起きた36才の女性教師と13才の男子生徒との性交渉で実刑判決を受けた事件を元にしている。教師は獄中で生徒との子供を出産、出所してから生徒と結婚した。タイトルのメイ・ディセンバーとは5月と12月の間が空いていることから、親子ほど年の差が離れたカップルを差す。

 

出所したグレイシー(ジュリアン・ムーア)は当時少年だったジョー(チャールズ・メルトン)と獄中出産した双子の子供たちと共に暮らしていて、現在グレイシーは59才、ジョーは36才。子供たちは高校を卒業するところ。

 

刑期を終えてからずっと一緒にいるふたりは、今でも続く”異常な二人”という周りからの視線と嫌がらせはあれど、気にせずに生きている。純愛なのだから周りがどう見ようと我々は幸せなのだし、と。

 

社会をざわつかせたこの事件が映画化されることになり、グレイシー役で主演する女優のエリザベス(ナタリー・ポートマン)は役作りのため、グレイシー一家に密着することに。

 

エリザベスが何日も一緒に過ごすことになるんだが、すぐにグレイシーが普通の感覚を持った人物でないことに気付く。かなりな鈍感気質で私は私。という感じ。そりゃそうだろう、13才の子供に手を出すような人だし。常識的な人物を演じる事が多いように思う美しいジュリアン・ムーアが、どこか話の通じない雰囲気を纏うヤバめの女性を演じているんで、さらに得体の知れない底暗い感じがして怖い。華やかで優しい風貌のグレイシーが微笑みながら、あれ?と思うようなドライなことを言う。エリザベスも何かを感じ取る。

 

皆で連れだって、娘が卒業式に着る白いドレスを選びにいく。おそらくは本人が一番気に入っている肩にフリルが付いたドレスを着て満足げな娘を見て、若いってすばらしいわ。私も若い頃に他人の目は気にせずに二の腕を出せばよかったわ。と変な遠回しで、あなたのむっちりした二の腕を隠さないつもり?という本心を発する。娘は真意を敏感に感じ取って、二の腕が隠れる半袖のドレスを選び直す。グレイシーの嫌な感じが漂う場面。

 

グレイシーは自宅でケーキを焼いて近所の知り合いに販売している。身内の不幸があったから注文をキャンセルさせてほしいと連絡が入り、グレイシーがせっかく焼いたのに!と酷く取り乱す。取り乱し方が異常。やっぱりグレイシーヤバいんかも。と観る者が引き始めるんだが、まだ他にヤバい人が!

 

エリザベスもやばい人なのだった。。。ジョーに私達同い年ねと微笑み、連絡先を教えておいてとさらりと言うんだが、ジョーは連絡ならグレイシーに直接する方が早いよ、と取り合わなかった。ナイス・セーブ。でも参考用にと預かってた家族写真からジョーの写真をピックアップしてじっと見てたりしてヤバい。成功してる女優である自分が微笑み掛ければ拒絶する人はいないというのがある様子。結構分かりやすく距離を縮めてくる。これも演技のため??

 

で、なんだかよくわからなくなってきた。この映画はわざと意味深な演出をして「これはどういう意味?」という場面を大量に置く。だのに、「何が起こったのか」「なぜなのか」に答えることはしない。置くだけ。

 

初めはグレイシーの変さに気付くエリザベスの視線と共に観ていたのが、後からエリザベスも相当変だぞ、となって2人の女が変だから、こちらはどうしたらいい?

 

まだ不思議人間がいたんだ。ジョーだよ。ジョーはグレイシーを愛してるって仲良しこよしだったんだが、13才からグレイシー一筋だから免疫ゼロだったみたいで、エリザベスから間合いを詰められてとうとう寝てしまう。エリザベスにしてみたら、グレイシー役を演じるにあたってジョーとどんな感じかちょっくら知っておくかの。くらいのものみたい。一応世話になってるグレイシーに対しても、どういう女さ??とドン引きです。

 

事が終わって結構あっさりしてるエリザベスに戸惑って、「僕と君は好き同士でしょう??」と困惑するジョー。子供のままの世界で生きていることが判明して痛々しいシーン。で、段々ジョーは自分の意思でグレイシーを愛していたのか、愛していると思わされていたのか、なんだかわからなくなってきてしまう。エリザベスさえ来なければ、勘違いでもどっちでもそれまで通り幸せに暮らしていけたのに。

 

ジョーは町で唯一の韓国系ってことで、演じたチャールズ・メルトン自身も韓国人の血が入っている人。ツンと尖ったあひる口が特徴。ハンサムに見えたり、変な顔に見えたりのふり幅が大きい。その安定してないルックスが、ゆらゆらしてくるジョーの気持ちと重なって不思議な存在感を放っていた。

 

★ジョーのふり幅ゆらゆらルックスについて。その後、これは監督の狙いと俳優自身の役作りが生み出したものだったとわかりました。

 

演じたチャールズ・メルトンは元々バキバキ筋肉の肉体美を持つ超ガチのハンサムガイ。ジョー役を演じるにあたり、トッド・ヘインズ監督が感じた「華やかでハンサムすぎる」メルトンのルックスをジャンクフードのドカ食いで体重を40ポンド(18キロくらい)増量して、かっこ良過ぎない現実味のある男性へと絶妙に調整されていたのだった。

 

私が感じた「ハンサム…なのか、な?」という不思議なルックスのふり幅はどうやら、ふとした瞬間に元々のガチハンサムがはみ出してしまったせいみたい。元はシャープなフェイスラインの人で、増量によりお顔に肉がついてたぷたぷしていたのだった。

 

13才からグレイシーに囚われたような生活の中で、自身の人生の舵取りが出来ていない、青春も、成熟への道も中途半端になったままのジョーが、背筋を伸ばしてすくっと佇む超ガチハンサムだとちょっとおかしい。どこかあか抜けないジョーを演じ切っていた、この俳優に俄然興味が湧いた。

 

ちょうど今年アメリカで公開されたばかりのチャールズ・メルトン出演の映画『Her Private Hell』があったので予告編を見てみると、すごく面白そう!と思ったら、日本での公開はまだ決まっていない様子。本国で大コケしたようです。海外のレビューでは「映像と音楽は素晴らしいのに、とにかく退屈」な映画として評価が低め。

 

え、こんなに予告編が面白そうなのに?と思ったら、監督のニコラス・ウィンディング・レフンは超カッコいい映像を撮る人ということで予告編詐欺になっちゃってるのかも。でも元のガチハンサムに戻ったチャールズ・メルトンは詐欺じゃないから。

 

『Her Private Hell』は東京が舞台。西島秀俊、山田葵ら日本人俳優も出演。

www.youtube.com

 

 

メイ・ディセンバー ゆれる真実

メイ・ディセンバー ゆれる真実

  • ナタリー・ポートマン
Amazon

 

楽天ブックス「1点から全品送料無料」

[商品価格に関しましては、リンクが作成された時点と現時点で情報が変更されている場合がございます。]

メイ・ディセンバー ゆれる真実 [ トッド・ヘインズ ]
価格:3,520円(税込、送料無料) (2026/9/21時点)


 

年齢差と言えば、『ハロルドとモード  少年は虹を渡る』。23歳差なんて、ぶっ飛びます!でもね、こちらは女性が老女なんで年齢差がすごいだけ。男性は若いけど子供ではないから自由恋愛の世界だよ。

wolf-yo.hatenablog.com

↓応援ボタンです。よろしければ~

え、これって実話じゃなかったの?アホ計画に哀れとコメディが同居、あり得ないのにリアリティ爆裂の快作。

「ファーゴ」

 

冒頭、実話を映画化したと注釈が入るが、これも含めてフィクション。騙された。ご丁寧にこれは1987年ミネソタ州で起きた事件で、生存者の希望により氏名を変更しているが、死者への敬意を込めてその他の部分は忠実に映画化を行っていると断りが表示される。初めて観たのは随分前だが、その頃からずっと実際の事件を元にしたストーリーだと思っていた。

 

自分の思惑通りには事が運ばず、収拾不可能になっていく犯罪サスペンス劇は色々ある。これも主人公らの計画が甘くて泥沼化していくんだが、それでもこうやって転がっていくことが有り得る感じがしたんで、実話と言われて完全に信じた。そのくらいストーリー運びが上手いこといってるんだ。

 

妻の父親が社長をする自動車販売店で営業部長をしているジェリー(ウィリアム・H・メイシー)は金が必要だった。金のトラブルに嵌ってることについては妻にも誰にも言えない。舅は金持ちだけど、するっと金を出してくれるわけもない。

 

それで狂言誘拐を考える。自動車整備工場勤務のムショ帰りの男に誘拐役2人を紹介してもらい、妻を誘拐して身代金を要求させ、一部はそやつらに、残りの大金は自分が手にする計画。強欲で浅はかバカなジェリーなのだった。

 

で、誘拐役がピーター・ストーメア(左)とスティーヴ・ブシェミ(右)というナイスキャスティング。妻の誘拐を実行するが、すっと事が運びそうにない雰囲気いっぱい。

 

早々とトラブル発生。「警察に言ったら妻を殺す」があるんで、警察とは関わらないはずだったのに、妻を後部座席に隠した移動中に警官を殺してしまい、警察が捜査に乗り出す。捜査にあたるのが、お腹がかなり出っ張った妊婦の女性捜査官マーゴ。演じるのが芸達者のフランシス・マグドーマンドで、アホっぽい人ばっかり出てたところにピリッとしつつ、ほのかな明るさを添える。マーゴが敏腕刑事なんで、浅はかジェリーとすっとぼけ誘拐役は着々と追い詰められていく。

 

うぅっぷ。捜査中にも悪阻が。優位に進む捜査であってもマーゴが妊婦であることで、ハラハラとのんびりムード両方を醸す効果があって面白い。

 

軸のストーリーに絡む俳優陣の達者な演技の他、マーゴを訪ねる同級生のサイドストーリーや小さい配役が絶妙だったりして隅々までよく出来てる映画。

 

誘拐役2人とモーテルに泊ってた女性達がマーゴの聞き込みに応える。たぶん俳優でなくて素人を起用したんじゃないかと思う。なんも考えてない受け答えの生っぽさにじわる。俳優だったらナイス配役過ぎる。マーゴに特徴を訪ねられてブシェミを「変な顔の男だった」と。目撃情報そればっかり。でもそうだよね、ブシェミだもの、「変な顔の男」それしかないよね。

 

ジェリーの舅役ハーヴ・プレスネルも相当いい。義理の息子にもう少し良くしてあげても?くらい厳しめ、娘への身代金の支払いにも口惜しいケチケチぶりを発揮する頑固爺様を演じて、ジェリーの計画を掻き回す。

 

殺人の場面では冷えたリアリティと残酷みが強い。最も印象的なのは死体処理でウッドチッパー(木片チップを作る木材破砕機)を使用するところ。淡々と体の一部を機械に詰めていくんだが、白い雪景色の中に鮮血が大きく飛び散る場面は強烈。なかなか機械に入っていかない膝下の肉片にはソックスを履いた踵。恐ろしいながらも、とぼけたユーモアが溢れる。ジェリーの奥さんが逃げ惑う姿はコント味で仕立てられていたり。痛さにリアリティがあったりの演出の中、全体に漂い続けるおとぼけの空気。これがコーエン兄弟節だな。

 

なんでこんなことになったんだろ?の愚かしさ満載映画なんで、ユーモアが散らばせてあっても観終わると妙な生っぽさにダメージを食らうところ。ラストでは救いが用意されていた。

 

金のために馬鹿々々しい犯罪をする者に「人生にはもっと価値がある。」とマーゴ。人生の価値って?事件解決して自宅のベッドに並んで寛ぐマーゴと画家の旦那さん。旦那さんの真鴨の絵が3セント切手の図案に選ばれる。ライバルの画家は郵便の基本料金である29セント切手のデザインに採用された。「3セント切手なんて誰が使うんだよ。」と嘆く夫に「郵便代が値上げされた時にみんなが使うわ。」「そうだな。」少しばかり微笑む夫。「私達、幸せな夫婦ね。」「あと2ヶ月だな。」そう、後2ヶ月で子供も生まれる。こういうことだろ?救いがあってよかった。

 

マーゴのオフィスにランチの差し入れを持ってきた旦那さん役、ジョン・キャロル・リンチ。悪い刑務所看守役のイメージが強いんだけど、善い人役も嵌る名脇役。本作では出産の近いマーゴを気遣う優しい旦那さん役で、いつも一緒にモリモリ食べてた。

 

マグドーマンドは本作でアカデミー主演女優賞を受賞している。納得。

 

 

ファーゴ

ファーゴ

  • William H. Macy
Amazon

 

楽天ブックス「1点から全品送料無料」

[商品価格に関しましては、リンクが作成された時点と現時点で情報が変更されている場合がございます。]

ファーゴ 【Blu-ray】 [ フランシス・マクドーマンド ]
価格:1,885円(税込、送料無料) (2026/8/13時点)


 

フランシス・マグドーマンドが美しい奥様役で印象的。傑作『ミシシッピー・バーニング』についてはこちらを。

wolf-yo.hatenablog.com

 

 

↓応援ボタンです。よろしければ~

 

【無断転載禁止:この文章と写真は無断コピーされたものです。著作権侵害でGoogleに通報します】