「カモン カモン」

独身男性が9才の甥っ子とふたり、数日間を過ごす話。
ラジオの仕事をするジョニー(ホアキン・フェニックス)は妹のヴィヴ(ギャビー・ホフマン)から夫の精神状態が悪化して家を離れなければならないので、しばらく甥っ子のジェシー(ウディ・ノーマン)の面倒を見てくれないかと頼まれる。
ジョニー伯父さんがやって来た。

ジェシーとは頻繁に会っていなかったので、まだ小さいジェシーはジョニーのことをよく覚えていない。不安もあったがなんとかなった、と思った数日後、ヴィヴの夫の状況が本格的に悪化してきたので家に戻れなくなってしまう。ジョニーはニューヨークで仕事があるし、代わりにジェシーの面倒を見る人がみつからない。ジェシーは学校を休んでジョニーと一緒にニューヨークに行くことに。
ラジオの録音機材で色んな音を集めるふたり。楽しく過ごしていたのだけど、子供特有の訳わかんなさや聞かん坊ぶりを発揮し出して振り回されることになるジョニー。

あー子供は大変だ。と共感するところも多いのでは。ジェシーが結構うろちょろして聞き分けがない。すごく小さい子みたいに手が掛かる。構って欲しいのか、拗ねて隠れたり、勝手にバスに飛び乗ったりしてニューヨークの都会で止めてほしい。って子供には無理か。
音楽の出る歯ブラシを買ってもらえなくて、大人が困りそうなことをするジェシー。甘やかされて、いい気になってんのか。それでまんまと音楽歯ブラシをせしめる。
色々な教育方針があると思うけど、大人は気を使って子供に対して完璧でいなくちゃいけないのか。ちょこまかし過ぎならバシッと叱ってみていいと思うんだけど、怒ってごめんねモード。1回怒ったぐらいで大きな罪になるみたいな、窮屈だなぁ。子供を一人の人間として対等に扱うことが是として語られていくのだけど、まだフラフラして保護の必要な段階なのだから、歯ブラシごときでメンドクサイ。歯磨きの時に音が出なくてもいい、ほんとに。この話は終わりだ、で済むはず。ダメ?
ジョニーとジェシーの同居生活シーン、ジョニーが各地の子供達へインタビューする仕事シーンの合間に本の紹介が所々挟み込まれる。
ジャクリーン・ローズ著『母たち:愛と残酷さについて』
”母親は個人や政治の失敗あらゆる問題への究極の生贄であり、全てを解決するという不可能な任務を負っている”
”我々は母親に社会や我々自身の最も厄介な重荷を押し付けている”
”なぜ物事を明るく無垢にするのが母親の役目なのか”
確かにそういう面があると思って続きを観るのだけど、急に育児を負わされたジョニーはまさにそういう状態になっているわけで、どういう気持ちで観たらいいのか。この言葉を紹介しておきながらの無理ゲーシチュエーションなのだけど、どういうことなのか説明頼む。仕方がないってことか。みんなそうなるってことか。どうだ、今まで知らなかっただろ?って。本の他にインタビューも多数で色んな意見散らばせ映画。
この映画は全編モノクロ。モノクロで美しい映画はたくさんあるけど、現代劇で都会の風景のモノクロだとこんなにも違和感があるんだと気付いた。どこか陰気な雰囲気がプラスされてしまって、物語に軽さを出すためにもカラーの方がよかったんじゃないか。って逆に重さを出したかったのかもしれない。
で、この映画全体に漂うムードが説教臭いところがありながら、特に何かが起こるわけでもないので、若干退屈ぎみ。甥っ子との日々が続く設定として、妹の夫が全然良くならないでウダウダと兄さんと電話で話し続けるのも飽きてくるし、眠くなる人も出そう。この淡々とした日々って素晴らしい系の映画なのかも。それは同感だけど、もう2度は観ないと思う。
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