
アイオワ州で娘のローズ(シシー・スペイセク)と暮らす73歳の老人アルヴィン・ストレイト(リチャード・ファーンズワース)は病気もあるし、腰も痛くて老体に手こずっている。そんな時、喧嘩をして10年間絶縁したままの兄が倒れたとの知らせが入る。お互いの状況を思うに今仲直りしたいと、アルヴィンはウィスコンシン州に住む兄に会いに行こうと決心する。
アルヴィンはお金が十分にない。目が悪くて車の運転も出来ない。寝床にするための大きな木枠に車輪を付け、家にある古い芝刈り機に繋げて旅に出る。
町の人々が芝刈り機カーで移動するアルヴィンに「どうしたんだ?」と駆け寄ってくる。歩く人と大差ない速度で進むアルヴィン手作りカー。別の州までこれで行くっていうのか?はい、そうです。
牧歌的な雰囲気にかなり昔の話かと観ていたら、アルヴィンの前方で鹿を撥ねてしまった女性ドライバーが興奮して「クラクションも鳴らしたし、パブリックエネミーを掛けていたのに!」と憤るシーンがある。これが少なくとも80年代終盤以降?と気付き、その時代にこの芝刈り機カー?と驚き2倍。監督(デヴィット・リンチ)がこれは昔の話ではないです、ということをさりげなく音楽で分からせる。
田舎の道路。舗装された一本道の両脇は畑だったり草だったりがずっと続く。ヒッチハイクをする若い娘がアルヴィンの前を走る車に無視された。おそらく乗せてやろうと思ったに違いないアルヴィンだが、娘は不思議なオンボロカーがのろのろと近づくのを見て、ヒッチハイクの手を降ろす。夜も更けて野宿をするアルヴィンの所にその娘が「摑まらなかった。」と歩いてくる。アルヴィンは枝にウインナーを刺して焚火で焼いて食べろと腹を空かせた娘に食べ物と寒さを凌ぐ毛布を与えるだけでなく、家族に嫌われてると言う家出娘に「それでも屋根と暖かいベッドの方がこんなところでじいさんとウインナーを食べてるよりいいだろう?」とジョークを絡めて、家族の元に戻った方がいいと遠回しに伝えるのだ。お説教でもない、わざとらしさがない老人のさりげなさ、優しさといい意味での素っ気なさがいい。
それを演じるリチャード・ファーンズワースの演技の自然さ。アルヴィンという実在の爺さんをそのまま見ているよう。

途中、ツールドフランス的な自転車競技の選手達に次々抜かれて、夜にキャンプ場で再会して盛り上がったりしてアルヴィンの旅は続く。
急な坂道の途中でブレーキが壊れてしまった。止まらない、危ない。初めてスピードを出して走る芝刈り機カー。この場面だけゆっくりモードはどこかへ。疾走する見た事のないカーに驚いたその場に居合わせた人達の中のひとり、ダニーがブレーキの修理が済むまでトイレもあるし、自宅の裏庭でキャンプしたらいいと言ってくれる。
こんな感じで良くしてくれる人がいたりするのだけど、家に泊めたりはしないし、裏庭で野営という線引きがある。日本の田舎感覚だと完全シャットダウンか家で食事、風呂まで提供の旅館ばりの”おもてなし”両極になるような気がする。杖が必要なおじいさんひとり。サイコでもなさそうだし、強盗するとも思えない。でもドライな親切加減が双方に丁度よくて、尊重している感じでいい。
娘ローズに連絡したいので電話を貸してくれないかと言うアルヴィンに、中に入ってキッチンテーブルで電話したらいいと言うダニー。対して、ここでいいんだと外でローズと話し終わると玄関の前に電話機を返す。電話機の下に1ドル札3枚が敷かれていたのに気付いてダニーはアルヴィンの実直な性格を好ましく思うのだ。
ダニーは奥さんに「ここから車なら半日で着くからアルヴィンをドライブで連れて行ってあげたら?」と促され申し出るが、アルヴィンは自分のやり方でこの旅を続けたいと丁寧に断る。芝刈り機カーに何があるのかは分からないが、決めたことを最後までやり遂げたい。それを兄と共有したいのではないか。
何週間も野宿をして旅を続けていることを知った奥さんが「変な人が大勢いるから怖くないの?」と聞くと「大戦中は塹壕で戦った。トウモロコシ畑なんて怖くないよ。」とアルヴィンが従軍経験者であることが分かる。その後に同じ年くらいの老人とバーで戦闘時の話を打ち明け合うシーンに繋がる。一時を共に過ごす出会ったばかりのふたりだが、戦場での葛藤を吐露してお互いの慰めとなるのだ。
修理も済んで明日出発という時。明日の朝また会おうと言うダニーに、朝早く出発するからと別れの挨拶をするアーヴィン。翌早朝、気に掛けてコーヒーを飲みながらそっと窓の向こうのアーヴィンが出発するのを見守るダニーなのだった。
ビッグ・ロードムービー。殺人事件が起きるわけでも銀行強盗をするわけでもない。名もなき人々に出会って兄さんの所まで非常にゆっくりと進んでいく。芝刈り機カーがとんでもなくゆっくりなので、映画自体が冗長になりそうなものだが、全く弛むことがない。道々の各エピソードが味わい深くて、小さくきらきらと輝くような素晴らしい映画だった。静かに進む旅。静かに静かに心揺さぶられ、人生の美しさを見た。
観た後にこれが実話を元にしていたことを知り、本当に驚いた。ファンタジーではなくて、実際に芝刈り機でロングジャーニーに出た人がいたとは。胸熱。
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