ヒルマ・アフ・クリント展
2025年

「10の最大物、グループⅣ、No.2、幼年期」ヒルマ・アフ・クリント財団蔵
この画家の事は知らなかった。1862年~1944年、スウェーデン出身の抽象画家。21世紀に入ってから名が知られるようになり、これがアジア初の大回顧展だという。

軽やかな色彩に惹かれ行ってみると、想像を超えるとんでもないエネルギーに満ちた作品群を前に私は衝撃を受け、感動しているのだった。もうすでにこの世にいないこの女性画家から、時間を超えて私は何か得体の知れないものを受け取ったようにさえ思う。これは、なんだ!
スウェーデン国立芸術アカデミーで優秀な成績だったアフ・クリント。最初の部屋には螺旋階段や骨を透かして描いた人体などの見事なデッサン。
デッサンの他に油彩画も。静かで寂しさが漂う大きな風景画に心惹かれた。背の高い植物の合間を通るあぜ道に男が一人。遠くの薄桃色の夕闇が絵に精気を与えているよう。高い技量だけに留まらず、その場のムードを閉じ込めた物語性を感じた。

冒頭では美しくて誰もが理解できる絵が並べられている。だが、この一室だけだ。すぐに別世界へと向かうことになる。
スピリチュアリズムに感心のあったアフ・クリントは親しかった女性4人と交霊会グループを結成し、霊的存在から受け取ったメッセージを記録していく。そこで霊的世界についての絵を描くようにという啓示を受け取り、アフ・クリントは「神殿のための絵画」を描くことになったのだ。

おどろおどろしさはなく、フェミニンな装飾で居心地がよさそう
スピリチュアリズムや交霊などと言うと現代では”ヤバめ”方向で片付けられてしまいそうだが、この時代ではいかがわしいものという感覚ではなかったようだ。解説では「エジソンやキュリー夫妻、ヴィルヘルム・レントゲンによる科学分野での発明や発見もまた、眼に見えない世界の把握に関わるものでした。アフ・クリントの神秘思想を基盤にした制作に、こういった同時代の科学的実践と共通する点を見出すこともできるかもしれません。」とある。
同時代の科学分野の”眼には見えないが存在する”という知見が背景にあり、高次の存在、精神世界は真摯に取り組む題材のひとつだったのだろう。現代で言うオカルト趣味とは違うものだと思う。アフ・クリントのそれは”研究”という方がしっくりくる。
何やら生物の授業で先生が描き示してくれたような、「原初の混沌 薔薇シリーズ」の一枚。何かを実際に見て描いているように思える。単純細胞生物か?これらを交霊によって受け取っていた。いわゆる幽霊ではなく、神的な高次の存在からのメッセージと捉え、現世だけではない、もっと大きなエネルギーの成り立ち、生命や魂の仕組みを解き明かそうとしているのだと思う。

「原初の混沌、WU/薔薇シリーズ、グループⅠ、No.15」ヒルマ・アフ・クリント財団蔵
何を意味するかはさっぱりわからないが、辞書のように整頓して解説している絵も。

「原初の混沌、WU/薔薇シリーズ、グループⅠ、No.10」ヒルマ・アフ・クリント財団蔵
アフ・クリントは受け取ったメッセージを他者に伝えようと次々と描く。”描き留めている”というのがしっくりくる。シリーズにはそれぞれ番号が振ってあり、順番があるのだ。

「エロス・シリーズ」。パステルピンクが幸せムードたっぷりで可愛い。1907年、中間色の油彩画。時代とのミスマッチ感がすごい。

ヒルマ・アフ・クリント財団蔵
「知恵の樹シリーズ」。同じイメージが少しずつディティールを変えて描かれている。とても細かい描写にこれも強固な元の概念がそもそもあって、アフ・クリントはそれを視覚化しているだけのように思える。我々に図解しているだけ。それらがみな美しい。

そして、圧巻の大部屋。
天上まで届く3メートル高の10枚の巨大絵画が並べられ、右回りに幼年期、青年期、成人期、老年期と順に回れるよう、回廊スタイルの部屋になっている。老年期まで来ると幼年期に戻り、輪廻する。

ヒルマ・アフ・クリント財団蔵
No.1 幼年期から順に見ていく。とにかく圧倒される、その大きさ。そして色と形の軽やかさに部屋に入った途端、私は思わず「うわあ」と声をあげてしまった。ひとつの絵の前に立つと、まるで包み込まれるような高揚感が沸き立った。なんだかわからないが「JOY」という言葉が突然浮かんで、私はハッピー気分いっぱいになった。この広い世界に偶然生きていることの不思議を感じた。空いていたので5周した。離れがたかった。
神殿に置かれる絵画。世界に数多ある宗教画は文字の読めない者にもその世界が理解できるように描かれた。アフ・クリントのこれらの絵画は現世の視点しか持たない私達に別次元の世界を理解できるようなんとか紐解いてみたもので、宗教画と同じだ。各絵画の意味するところは全く理解できないけれど、何かを感じて心が大きく動いていることで、私はわからないままに、しかし何かを少しばかり体得しているのかもしれない。
啓示を受けたアフ・クリントはこの「10の最大物」を神殿の上階に飾ることにし、イメージをすぐに投影するため乾きの早いテンペラ画で仕上げた。友人の手伝いを受けながら10枚の大型絵をわずか2ヶ月で描き上げたという。
彼女は本気だったと思う。高次の存在から神殿に絵画を飾るよう啓示を受け、神殿の建設計画を立てて、神殿の設計図作成からどの絵をどこに飾るかまでをも決めていた。アフ・クリント自身が神殿を建てることは実現しなかったが、膨大な数の絵画を甥に託して亡くなった。それが今、世界の美術館を巡り、2018年のグッゲンハイム美術館での回顧展では同館史上最多の動員を記録したという。回顧展は世界を巡り続け、いまだスウェーデンに戻ることなく東京にやってきた。もはやこれは高次の存在が言った”神殿”なのだと思う。アフ・クリントの神殿はグッゲンハイムや東京・竹橋で実現しているのだ。
写真を撮ったのだが、現場の迫力は写っていない。印刷物や写真とはかなり違うと思うので、是非実物を体感してみてください。



入口付近に出品リストと共にセクションごとのしっかりした解説の入った冊子が置かれているので持っていくのをお忘れなきよう!私はいつもならば出品リストは手に取らないのだが、ちょっと気になって見てみると解説付き。気付いてよかった。絵そのものだけでも楽しめるが、アフ・クリントの場合は理解が及ばないところも出てくると思うので、解説ありで見た方が背景がよくわかって楽しさが増すでしょう。