「窒息の街」
マリオン メッシーナ:作

※ネタバレを含みますので、ご注意ください。
フランス、グルノーブル郊外で低所得者向けの公共団地で育ったオーレリーは法律家を目指し大学生となったが、学生生活は自分が描いていたものとは違った。退屈な授業、社会的格差、孤独感。清掃バイトで出会ったコロンビア人留学生のアレハンドロと付き合うようになり視野を拡げていくも、傷つき、社会の不条理や無意味さを感じて段々と気力を失っていく。
作者のメッシーナはジャーナリストとして活動しつつ、デビュー作となった本作で注目され、新世代の作家と言われる。自身もオーレリーと同じく、グルノーブル出身で両親は労働者階級に属すると言う。これは自伝ではないと言いつつ、「下層の出身者が持つ劣等感は、確かに私のものです」と語っている。
オーレリーは健全であるが知的欲求に乏しい両親とは考えが通じないし、自分の出自を恥ずべき惨めなものと見做すようになる。コロンビアから夢を抱いてフランスに来たアレハンドロもまた、自国では中流家庭で不自由がなかった環境にいたのに、ここでは底辺の暮らしに甘んずるしかない。自国人に対して哀れみと共に軽蔑心を持つことになり、絡み合った感情を抱えつつ自堕落な日々に流されていた。
やがてオーレリーは地元を離れパリへと行くが、何をするにも「これほどまで簡単に、そして無意味に金が飛んでいくとは想像もしていなかった。パリはまるで金を飲み込む洞穴のようだ。」と生活の苦しさに直面する。
観光客の泊まる6人部屋のユースホステルの1ベッドがオーレリーの住まいとなり、最低賃金で代役の派遣受付スタッフの仕事に有り付く。早朝に携帯に届く当日の職場へ通勤時間を掛けて移動。睡眠時間を削るが、その間の賃金は出ない。受付スタッフに大した仕事はなく、電話がなることもほとんどなく訪問客へIDカードを渡すくらいのもので、オーレリーは早々とこの仕事に馬鹿らしさを感じ耐えがたい気持ちになる。だが、受付の前を足早に通り過ぎる重要な仕事をする人間達と自分が別の階層にいて、屈辱的であっても低い地位で働く以外にないという諦めと共にオーレリーは消耗していく。
延々と暗い現代フランス社会の様子が綴られ、観光客としての目線で見るフランスの華やかさや個人主義から来る自由、寛容のイメージから大きく逸脱する過酷な生活に鬱々としてくる。暗過ぎる。オーレリーは真面目で賢く、何の落ち度もない。世間をまだ知らず、希望いっぱいの高校生時代から一気に大人社会の現実にパンチをくらい、他者の手助けが得られないのがきつい。両親は助けにならず、この複雑な新時代に対応する術を持たない。社会的に孤独なのだ。終始一人で対処するしかないオーレリー。
孤独の中、アレハンドロに恋をするが、アレハンドロもまた屈折した感情を抱える青年で、オーレリーを想いながらも自分の愛情と生活をストレートに捧げることを何かの負けと捉えているようだ。
「オーレリーはアレハンドロに言われたことはすべて信じ、彼の言葉をこねくり回して、その意味を考えては眠れなくなったものだが、しまいには何ら特別な意味はなかったのだと理解した。」初めて失恋するオーレリーの悟りが痛々しい。
本文中に多数の略語や専門用語が出てくる。フランス社会、しかも学校制度や低所得者向けの制度を皆が詳しく知っているわけもないので、この辺りは訳注が細かく入っている。フランスの博愛精神で設定されたであろう数々の制度や活動について、本作ではその申請の複雑さに始まり、弱い立場の人々に対する精神までも揶揄している。素晴らしいね!と素直に受け取ることはせず、当事者でない安全地帯にいる人間が自分が素晴らしい人間であるとの証明の為のものと語らせる。
まぁ仮にそうであったとしても、その制度、活動自体があることは無いよりも素晴らしいと思うのだが、本作ではオーレリーとアレハンドロという若い二人の物語なので、青い視線で社会を見て、自分はその社会の犠牲者なのだと言わせている。とにかく現時点での生活の苦痛を暗く長々と描写し、救いはないし、青くて痛いまま物語は終わる。
それでもオーレリーやアレハンドロの青い感情は読む人の興味を持続させるところがあり、他の登場人物達との醒めた関わりも引っ掛かって最後まで読むことになったが、もう少し核となる作者の言い分、だったらどうなんだ?が作中で示されていれば、読み手もすっきりするだろうにと思った。現在のフランス社会ではこういった鬱屈したものがあるという話を延々繋げても暗くなるばかりで、出口無しの現状レポートを見せられているような気分になる。これは小説なのだから、読み手に何かしらを感じさせることが出来るはずだし、主人公らともう一度会いたい気持ちにならない小説。
本作ではパリを「汚く、人を寄せ付けない」とまで言い切っていて、それでもパリは中毒性があってこの街を離れらなくなると捉えている。このパリでどうやって普通の生活をしろっていうんだ、というギリギリの生活ぶりには滅入ったが、ここまででなくとも、今やどの都市でも、東京でも同じ状況があるとは思う。
だらだらとした書きぶりに訳文が自然なのか?本文からこうなのか?と途中何度か思ったのだが、タイトルの「窒息の街」は秀逸。原題の「Faux depart」はフライング、誤ったスタートを意味するというので、オーレリーの大人へのスタートが間違って走り出したことを意味していると思うが、「窒息の街」というインパクトと本作の鬱々としたムードが嵌って、良い日本語タイトルだと思う。
![]()